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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)995号 判決

控訴人 東京入国管理事務所 主任審査官

訴訟代理人 越智伝 外三名

被控訴人 柯凌麦 外一名

主文

原判決を取り消す。

被控訴人らの請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において、「被控訴人らが昭和十七年頃一度日本に来たことがあるとの主張事実を否認する。被控訴人柯愛珠は、入国審査官の審査に対して、「私は此の度がはじめての渡日であります。」と陣述しているし(乙第七号証参照)、特別審理官の審理に対しても右供述を認めている。(乙第八号証参照)被控訴人柯凌麦については、入国審査官審査調書(乙第三号証)にも、特別審理官口頭審理調書(乙第四号証)にも、在日経歴に関する陳述の記載がない。また被控訴人らは、法務大臣に対する異議申立に際しても、出入国管理令違反被疑事件として警察において取調を受けた際にも、在日経歴については何ら主張するところがない。(乙第五、六、九、十ないし十二号証参照。)これらのことから考えても、被控訴人らは、昭和二十七年十月本件入国の際はじめて来日したものと推断せられる。(二)台湾には被控訴人凌麦の長男、三人の娘がおり、日本にいる柯金城からの経済的援助を受けることもできるのであるから、被控訴人らが台湾に帰された場合生存することが不可能となるようなことはあり得ない。目法務大臣が被控訴人らに出入国管理令第五十条による在留特別許可を与えるとしても、その期間は、同令施行規則第三十七条四号により永住許可を受けない限り、一年以内に限られるもので、永住許可の見込がない限り、日本は被控訴人にとつて名実ともに安住の地とはなり得ない。しかして被控訴人らは、日本において他人に依存して生活するのであるから、同令第二十二条の永住許可の要件に欠くるところがあり、遠からず退去せねばならない者である。従つて法務大臣が被控訴人らに在住特別許可を与えなかつたことは、著しく、不当かつ不公平ではない。」と述べた外、原判決事実摘示記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

証拠として、被控訴代理人は、甲第一ないし第四号証を提出し、原審における証人林治人、柯金城の証言、原告(被控訴人)両名各本人尋問の結果を援用し、乙各号証の成立を認め、控訴代理人は、乙第一、第二号証の各一、二、第三ないし第十二号証を提出し、甲各号の成立を認めた。

理由

被控訴人らが、いずれも外国人であつて、出入国管理令(以下「令」と略称する。)第二十四条第四号ロ「旅券に記載された在留期間を経過して本邦に残留する者」に該当すると疑うに足りる相当の理由ありとして、収容令書によつて一たん収容されたが、即日令第五十四条により仮放免されたこと、その後被控訴人らは前記法条に該当する者である旨の入国審査官の認定があり、つづいて被控訴人らの口頭審理の請求に対し右認定に誤りがない旨の特別審理官の判定があつたが、被控訴人らはこれを不服としてさらに法務大臣に対し異議の申立をしたところ、法務大臣は、昭和二十九年六月九日その理由がない旨の裁決をなし、同月十五日控訴人にその旨の通知があつたこと、そこで控訴人は右裁決に基き同年六月十八日附で、被控訴人らに対し前記法条に該当する者として退去強制令書を発布し、被控訴人らはその頃右令書の交付を受けたことは、当事者間に争のないところである。

被控訴人らは、右退去強制令書の発布処分は、その前提となつた法務大臣のなした被控訴人らの異議の申立を理由がないとする議決が違法であるから、取り消さるべき処分である、と主張しているので、以下被控訴人らの主張について順次判断する。

被控訴人らの第一の主張は、被控訴人らは前記法条に該当するものでないから、法務大臣の右裁決を違法であるとなすもので、その理由として主張するところは、被控訴人らは、ともに昭和十七年十月に台湾から日本に移住し、爾来引きつづき日本に住居を有しているものである、というにある。よつて証拠を調べるのに成立に争のない甲第一ないし第三号証、乙第一、第二号証の各一、二、乙第三ないし第十二号証、原審証人林治人の証言を綜合すれば、被控訴人愛珠は、昭和二十七年以来本邦(内地)に渡来したことがなく(乙第七号証参照)、被控訴人凌麦は、昭和十七年当時その子金城の病気見舞に短期間内地を訪問したに過ぎず、内地に移住したのではなく、間もなく(おそくともいわゆる終戦前)台湾にかえり、被控訴人らは、ともに終戦時には台湾に在留し、その後中華民国の国籍を取得し、昭和二十七年十月九日中華民国外交部発行の旅券を携帯し、連合国最高司令官による入国許可により六十日の滞在許可を得て羽田に上陸し、ついで同年十二月十一日入国管理局から昭和二十八年二月八日までの在留期間更新許可を得て日本に滞在していたもので、その後在留期間の更新が許可されずにいるものであることが認められる。右認定に反する原審証人柯金城の証言、原審における原告(被控訴人)両名本人尋問の結果は信用できない。その他右認定を左右するに足る証拠はない。そうすれば、被控訴人らが令第二十四条第四号ロに該当することは明らかで、被控訴人らが右法条に該当しないから法務大臣の裁決は違法であるとする被控訴人らの主張の理由のないことはいうまでもない。

第二に、被控訴人らは、法務大臣の裁決は、被控訴人らに特別に在留を許可すべき事情があるにかかわらず、これを看過したか又は不当に裁量権を乱用したものであつて、違法である、と主張しているので考えるに、令第五十条は、法務大臣は、容疑者の異議の申立に対し裁決をなすに当り、異議の申立が理由がないと認める場合でも、当該容疑者が同条第一項第一号ないし三号の一に該当するときは、その者の在留を特別に許可することができる旨規定しているけれども、元来国際慣習法が特別の条約が存しない限り外国人の入国並びに滞在の許否を当該国家の自由裁量にまかしていることから考えると(最高裁判所昭和二九年(あ)第三五九四号昭和三二年六月一九日判決参照)、令第五十条の特別在留許可は、容疑者が一定の条件に該当することを前提として法務大臣の自由な判断による裁量に委しているものと解するのが相当であつて、到底これを法規裁量であるとなすことはできない。また令第二十四条各号の場合と令第五十条第一項ないし第三項とを合わせて考えても、外国人の在留の特別の許可は、終局的に法務大臣の自由裁量に委ねてあることは、明らかで、(令第五十条第二項参照)このことは国際交通の現段階においては、まことに己むを得ないことである。因より自由裁量にもおのずから限界があるのであつて、放恣専断による自由裁量の許すことのできないことは論をまたないところであるが、いやしくも法務大臣がその責任において在留を特別に許可すべきでないと判定したときは、その判定を尊重すべきであつて、殊に令第五十条所定の容疑者は本来強制退去を命ぜられてもいたし方ないものであつて、その者の在留の特別の許可はいわば恩恵的措置であつてその者の権利でないことに思をいたすときは、いたずらに法務大臣のこれに関する裁量の当否を論ずることは行政権に対する不当の干渉となるべく、裁判所のなしあたわざるところである。しかして本件において仮に被控訴人らにその主張のような事情があるとしても、法務大臣が被控訴人らに対し特別に在留を許可しなかつたことを以て許された自由裁量の限界を越えたものであり、又は自由裁量権の乱用であるとなすことはできないので、被控訴人らの右第二の主張もまた理由がない。

果してしからば法務大臣の裁決の違法であることを理由として控訴人の退去強制令書発布処分の取消を求める被控訴人の本訴請求は失当としてこれを棄却すべきものである。しかるに、被控訴人らの本訴請求を認容した原判決はこれを失当として取り消すべく、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条第九十六条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 大江保直 猪俣幸一 古原勇雄)

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